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アレーアンテナによる適応信号処理
菊間 信良 著
16,000円
A5 384頁
4-87653-054-8 C3050
 本書は、移動体通信で注目されている「アレーアンテナによる適応信号処理技術と高分解能到来波推定」について体系的にまとめたわが国で最初の待望の専門書である。


本書の内容

 高速ディジタル移動通信において通信品質を劣化させる主な要因は,多重波伝搬による周波数選択性フェージングや周波数の繰り返し利用に起因する同一チャネル干渉であるため,アレーアンテナによる適応的な多重波抑圧技術(あるいは合成技術)及び干渉除去技術が昨今注目を浴びています.本書は,アレーアンテナを用いた適応信号処理技術と到来波推定法の基本原理,およびその応用について詳細に解説している。

 アダプティブアレーは、所望信号と不要信号を識別するために,前もって到来方向など何らかの予備知識が必要である.アレーの重み付けを決定するための評価(目的)関数は,予備知識の種類に応じて設定され,異なったアルゴリズムを成している.そこで,まずそれぞれの評価関数(または予備知識)ごとに基本原理と応用について説明し,後半でアダプティブアレーの不要波除去能力を利用した高分解能な到来波推定法へと発展させている.


近年では通信衛星も数多く打ち上げられ膨大な量の情報が電波(電磁波)に乗って飛び交っている.また携帯電話やPHS(Personal Handy phone System)が爆発的に普及している.このように情報量は文明が発達するにつれ加速度的に増加し,それに伴う無線通信の媒体としての電波の飽和現象が現れている.現在使用されていない周波数帯も開発されつつあるが,いつの時代にも言われるように,やはり電波は有限な資源であり,電波の送受を直接担うアンテナに対する期待もますます高まっている. 

無線通信システムにおいてアンテナの果たす役割は,伝送線路上の電圧・電流と自由空間中の電界・磁界という異なった物理形態の間に介する変換器であるということができる.したがって,この変換にともなうエネルギーの反射や消費による損失を少なくして効率を高める必要性は他の変換器と同様に適用されるが,それ以外に,アンテナが自由空間に対して開かれた系であることに起因する固有の問題が存在する.すなわち,送信アンテナの場合には最大のエネルギーが電磁波に変換されるだけではなく,その電磁波エネルギーが意図された特定の方向(通信の相手方)に集中して進行することが望まれる.電磁波が不必要な方向へ放出されることは,単にエネルギーの損失だけではなく,電波汚染として他の通信系に迷惑を及ぼす可能性があるという点で慎重な取扱が必要である.この電磁波放射の方向依存性は,指向特性あるいは放射パターンと呼ばれ,アンテナの性能を表す重要な尺度となっている.次に受信の場合を考えると,受信アンテナの置かれている場には,一般に種々雑多な電磁波が混在して飛び交っている.その中からいかにして所望の通信相手からの情報を運んでくる電磁波を選び出すかが問題であり,この場合にもやはり指向特性に基づいた到来方向による選別が重要な手段となる.もちろん,受信機の性能に依存した搬送波周波数による選別も併用されているが,最近のように通信の需要が増加して周波数の効率的利用に迫られている状況では,アンテナの指向特性に求められる使命は増大しつつある.

 冒頭でも述べたように,無線通信の一形態である移動通信の発展には目覚ましいものがあり,従来の音声のみならずデータ伝送をも考慮した高速ディジタル通信システムが実用化されつつある.移動通信,特に陸上移動通信においては電波伝搬路が見通しになることはほとんどなく,建物などの反射,回折,散乱により多重伝搬路となるため,多重波が互いに干渉してマルチパスフェージングが発生する.このため,誤り率特性が劣化するが,各多重波に伝搬遅延時間差があるため,高速信号伝送時には周波数選択性フェージングとなり,誤り率特性が一層劣化する.利便性が高い通信形態であるが,他の通信形態と比べて伝送品質が悪く,何らかのフェージング対策が不可欠となる.

 また,移動通信においては,割り当てられた周波数を有効に利用するために,セル方式が導入されている.マイクロセル方式の場合,セル半径は100〜200mであるが,電波は道路に沿って数百メートルは伝搬するので,他の同一周波数のセルからの干渉を受ける可能性が十分ある.しかも,実際のマイクロセル構成は大ゾーン構成と比べ地理的に非正則であるので,電波伝搬構造は一層複雑なものとなる.

 以上のように,周波数選択性フェージングに対する克服技術や同一チャネル干渉の除去技術が通信品質劣化を防ぐ鍵となり,移動通信においてもアンテナの指向特性の利用が注目されている.

 通常,一つの無線通信システムが設定されると,その設計あるいは施工の際,入手可能なすべての資料を用いて性能の最適化がはかられるのは当然であるが,経年変化,温度特性,伝播通路の状態,雑音環境,走査あるいは追跡の際のアンテナの運動にともなう特性の変化などのように,正確に予測することが困難なものや,時間的に変化するものなどがあるので,何らかの形のフィードバックループを導入し,学習機能をもたせて特性の最適化を行う必要がある.ところが,アンテナの指向特性の制御は,結局アンテナ上での電流あるいは電磁界の分布を振幅と位相の両者にわたって適当な値に保つことに帰着するが,対象が任意の形状のアンテナの場合には,マクスウェルの方程式や境界条件を満足させつつ所望の分布を計算したり,実現したりすることは非常に困難な問題となる.ここで特徴を発揮するのは,複数個のアンテナを配列し,各々の素子の励振の振幅および位相を独立に制御できるようにした,いわゆるアレーアンテナである.さらに,指向特性の適応制御を行うアレーアンテナシステムがアダプティブアレーと呼ばれるものである.

 周波数選択性フェージングの対策技術として従来よりダイバーシチ受信法や適応等化器などの研究が行われており,実用化されている.一方,干渉波の抑圧が可能であることからアダプティブアレーを用いた研究も移動通信の分野で盛んに行われている.適応制御という点では,等化器技術と合通じるところが多く,適応等化技術の実用化と,システムのディジタル化によって適応アルゴリズムの実現が容易になったことで,アダプティブアレーへの注目に一段と拍車がかかった.また,両システムを併用すれば空間的かつ時間的な処理が可能となるため,移動通信等においては,アダプティブアレーに対する期待は益々大きくなっている.

 アダプティブアレーは比較的古くから研究されており,その主たる適用領域は,無線通信およびレーダにおける妨害波(不要波)の抑圧である.これを目的とした最初のアダプティブアレーは Howells によるサイドローブキャンセラであると考えられる.その後,各種のアルゴリズムが提案されるとともに,改善が行われ,今日に至っている.妨害を受けないということはそれほど難しいことではない.問題となるのは,いかにして妨害波を受けずに所望波を受信することができるかである.すなわち,受信すべき所望波と抑圧すべき妨害波をアダプティブアレーが識別できなければならず,両者の識別の仕方によって異なったアダプティブアルゴリズムが得られるのである.

 一方,移動通信や室内無線通信(無線LAN)などで電波伝搬構造を詳細に把握するためには多重到来波(マルチパス波)の分離推定が重要となる.また,不法電波の発信源を特定するためにも電波の到来方向を正確に推定する技術が望まれる.アレーアンテナによる到来方向推定法として,古くには,アレーアンテナのメインビームを走査させて到来方向を推定する方法(beamformer法)がある.これはフーリエ変換と等価な方法で,分解能がアレーの開口長によって制限される.それ故,より高い分解能をもつ手法が望まれた.その後,Capon法,最大エントロピー法や他の線形予測法などが登場し,その高い分解能特性が報告されてきている.さらにアレー入力の相関行列の固有展開に基づくMUSIC(MUltiple SIgnal Classification)やESPRIT(Estimation of Signal Parameters via Rotational Invariance Techniques) が提案され,超分解能とも呼ばれるすぐれた特性を有するため現在もっとも注目を浴びている.これら到来方向推定法の発展はアダプティブアレーと異にしているが,その原理はアダプティブアレーと密接に関係しており,アダプティブアレーの一特性を利用したものと解釈できる.

そこで本書では,アダプティブアレーの基本に立ち戻って,アレーアンテナを用いた空間領域の適応信号処理技術と,それに基づいた到来波の到来方向推定等の基本原理およびその応用について説明している.

第2章で,アダプティブアレーの基本であるアレーアンテナについて簡単に述べ,アダプティブアレーの概要と解析モデル(複素表記法など)を説明.

第3章で,最小2乗方式(MMSE)のアダプティブアレーを詳細に解説し,続く第4章から第7章では,最大SN比法(MSN),方向拘束付出力電力最小化法(DCMP),パワーインバージョン方式(PI),そして定包絡線信号捕捉アルゴリズム(CMA)アダプティブアレーについてMMSEとの比較をしながらその特徴を解説している.

 第8章では,所望波と相関の高い干渉波に対するアダプティブアレーの動作特性を,MMSE,MSN,DCMPの三つのアダプティブアレーで比較している.

 第9章から第13章では,アダプティブアレーと関連させて,高分解能到来方向推定法と遅延時間推定法について説明している.特に本書では,今話題のMUSICとESPRITを取り上げている.また,移動通信への応用が期待される到来方向と遅延時間の同時推定法も紹介されている.

 第14章では,アダプティブアレーと高分解能推定法などのアレー適応信号処理が将来の移動通信や高度道路交通システムにどのように利用されていき,貢献していくのかを開発事例を含めながら概説している.

 本書の特徴として,読者の理解を助けるために随所に例題や数値例を載せ,それと共にFORTRANやMATLABによるプログラムリストも掲載している.読者が自分で数値計算を試み理解を深めることができれば幸いである.

第1章 はじめに

第2章 アダプティブアレーの基本原理と解析モデル
2.1 アレーアンテナの基本特性
2.2 アダプティブアレーの概要
2.3 解析モデル − 複素表示法と各種パラメータの定義 −
2.4 ディジタル制御のための信号表現
2.5 アダプティブアレーの構成法

第3章 MMSEアダプティブアレー
3.1 基本原理と構成
3.2 最適化手法
3.2.1 ディジタル制御
3.2.2 アナログ制御
3.3 基本特性
3.4 適用領域と参照信号

第4章 MSNアダプティブアレー
4.1 基本原理と構成
4.2 最適化手法
4.2.1 アナログ制御
4.2.2 ディジタル制御
4.3 基本特性

第5章 DCMPアダプティブアレー
5.1 拘束条件と最適ウエイト
5.2 最適化アルゴリズム
5.3 基本特性
5.4 DCMPアダプティブアレーの改良システム

第6章 パワーインバージョンアダプティブアレー
6.1 動作原理
6.2 基本特性

第7章 CMAアダプティブアレー
7.1 動作原理
7.2 最適化アルゴリズム
7.3 不要波抑圧能力の解明
7.4 差動型CMA
7.5 基本特性

第8章 相関性干渉波とアダプティブアレー
8.1 相関性干渉波に対する動作の比較
8.2 空間平均法による相互相関の抑圧
8.3 相互相関抑圧度と干渉波抑圧度との関係

第9章 アレーアンテナによる高分解能到来方向推定
9.1 到来方向推定法の発展と概要
9.2 到来方向推定の従来法
9.2.1 ビームフォーマ(beamformer)法
9.2.2 Capon法
9.2.3 線形予測法

第10章 相関行列の固有値・固有ベクトルを用いた到来方向推定法
10.1 最小ノルム法(Min-Norm Method)
10.2 MUSICアルゴリズム
10.3 Root-MUSIC アルゴリズム

第11章 ESPRITアルゴリズムによる到来方向推定
11.1 概要:アレーの平行移動と到来方向
11.2 等間隔リニアアレーによる到来方向推定
11.2.1 LS-ESPRIT
11.2.2 TLS-ESPRIT
11.2.3 到来波の電力推定と分離受信
11.2.4 ESPRITアルゴリズムのまとめ
11.3 Unitary ESPRITによる到来方向推定
11.3.1 等間隔リニアアレーとユニタリ変換
11.3.2 推定アルゴリズム

第12章 コヒーレント波の到来方向推定
12.1 コヒーレント波に対するMUSICおよびESPRITの特性
12.2 空間平均法による相互相関の抑圧

第13章 多重波の伝搬遅延時間推定
13.1 多重波の伝搬遅延時間とフェージング
13.2 周波数掃引による周波数領域アレーデータ
13.3 MUSICによる遅延時間推定
13.4 ESPRITによる遅延時間推定
13.5 アレーアンテナによる到来方向と遅延時間の組推定

第14章 アレー適応信号処理の移動通信への応用

第15章 結びと今後の発展

 
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