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マルチレート信号処理とフィルタバンク |
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P.Vaidyanathan 著
西原 明法 翻訳主幹
渡部 英二 他訳 |
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36,000円 |
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A5 1136頁 |
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4-87653-034-3 C3055 |
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標本化周波数が一つである伝統的なシングルレート信号処理に対して,複数の標本化周波数が入り混じるマルチレート信号処理の応用分野は,規格上標本化周波数が異なっているCD(44.1kHz),スタジオ(48kHz),放送(32kHz)の相互変換や,サブバンド符号化,音声プライバシー,画像処理,多重解像度,ウェーブレットなど多岐にわたっている.また,マルチレート信号処理はある種の時間--周波数表現と関係が深い.例えば,信号スペクトルの時変特性を解析するのに有用な,短時間フーリエ変換やウェーブレット変換等である。
本書はシングルレート信号処理の復習からはじめて,マルチレート信号処理,フィルタバンク,ウェーブレット等を,この分野で先駆的な業績を挙げている著者がカリフォルニア工科大学(Caltech)での教育経験をふまえて体系的に著したテキストで,この分野の学習者,研究者にとって「バイブル」と言っても過言ではないだろう。
この分野の最初の本は R.E.Crochiere and L.R.Rabinerが1983年に出版した"Multirate Digital Signal Processing''(緑色の本)であるが,その後 P.P.Vaidyanathanが本書(茶色の本)を出版するまでの10年間のマルチレート信号処理の発展は目覚ましいものがあり,本書にはCrochiere and Rabinerの本には記述されていない多くの重要な事項が含まれている.すなわち,マルチレート基本ブロック,ポリフェーズ分解,完全再構成等のマルチレート信号処理の基本からはじめて,フィルタバンク、多次元マルチレートシステム、ウェーブレット表現等に渡る重要なトピックスをすべて一冊でカバーしている.特にパラユニタリ性や無損失性を使った記述は著者の得意とするところで,本書のスマートな論理展開には好感がもてる.
マルチレート信号処理やフィルタバンクの理論を理解するのは必ずしもは簡単ではないが,本書は著者の深い洞察に基づいて丁寧に書かれており,初学者のテキストとして,また研究者の良い参考書として最適である.また例題や設計法,表などを使って,現場の技術者にも役立つよう工夫されている.
本書の構成
第1章から第4章は導入部であり,第1章はマルチレート信号処理の発展を概観し,本書の構成を概説している.
第2章は離散時間システムについて復習し,第3章はディジタルフィルタについての復習である.この部分は他の多くのディジタル信号処理の教科書の内容と重複しているが,本書では特にマルチレートシステムにおける特別な役割を考慮して,IIR楕円フィルタ,FIR固有フィルタ,オールパスフィルタについて詳しく記述してある.
第4章はマルチレートシステムの基本的事項を整理している.デシメータやインタポレータ等のマルチレート基本ブロックと(ディジタルフィルタ等の)他のシステムとの相互接続について詳しく取り扱っている.ディジタル信号処理の基礎があれば本章から読み始めるのが良い.第4章ではマルチレート信号処理の多くの応用にもふれている.サブバンド符号化,ディジタルオーディオ,トランスマルチプレクサ等である.本章の最終節では微分方程式の数値解法に用いられる“多重グリッド”法について述べている.
この章では,マルチレートシステムでしばしば用いられる多くの特別なタイプのディジタルフィルタ,例えばナイキストフィルタ,電力相補フィルタ等も取り上げている.ポリフェーズ分解や,特別なタイプのフィルタバンク,例えば等分割DFTバンク等が導入されている.
第5章から第8章までの第?部はマルチレートフィルタバンクの話題である.第5章はM分割最大間引きフィルタバンクシステムを取り扱い,種々の誤差,特に間引きによって起こるエイリアシング誤差を解析している.そしてエイリアシングをキャンセルする条件や完全再構成条件が確立されている.トランスマルチプレクサについてもふれている.
第6章は,完全再構成のM分割QMFバンクの章である.ここで用いる手法は「パラユニタリ」と呼ばれるクラスの行列あるいは無損失伝達行列に基づいている.著者の得意な手法であり,大変スマートにまとめられている.一部の証明を第14章(パラユニタリシステムの章)にもって行き,この章の記述の流れを円滑にしてあり,論理的な流れをつかみ易くしてある.この方法は成功していると思われる.
第7章は直線位相完全再構成QMFバンクを取り扱っている.このシステムでは分析フィルタが直線位相特性をもっている.それはいくつかの応用では重要な要請である.
第8章では,すべての分析フィルタがひとつのフィルタからコサイン変調により導かれる,特別なクラスのM分割フィルタバンクについて述べている.その結果,このシステムは設計と実現の両面において大変効率の良いものとなる.また,これらのシステムに,さらにパラユニタリ性の条件を加えることにより,容易に完全再構成特性を得ることができる.まず近似再構成特性をもつコサイン変調システム(疑似QMFバンク,8.1から8.3節)について述べ,次に,完全再構成特性をもつように修正する方法を述べている (8.4,8.5節).しかし,完全再構成コサイン変調システム( 8.4,8.5節) は、8.1から8.3節は単なる参照として,独立に学ぶこともできる.
第9章から第12章の第?部はマルチレートシステムのトピックスを扱っている.
第9章はマルチレートフィルタバンクの実現における有限精度の効果を扱っている.すなわち,まるめ雑音解析や係数量子化の解析である.サブバンド信号の量子化の影響は付録Cで取り扱っている.
第10章では,フィルタバンクと多くの周辺のトピックスとの関連を述べている.例えば,周期時変システム,ブロックフィルタ,特別な標本化定理等である.
第11章は短時間フーリエ変換と呼ばれる特別なタイプの時間-周波数表現を扱い,それをウェーブレット変換へと拡張している.ウェーブレット変換は最近特に,科学のいろいろなグループ,例えば物理学者,数学者,信号処理学者の間で,注目を浴びている.信号処理分野の多くの研究者は,ウェーブレット変換がフィルタバンクと緊密な関係にあるという見方をしている(11章の文献を参照).第11章ではその立場に立つことにより,ウェーブレット変換を理解し,設計し,実現するのが容易となっている.
第12章では,前の章でふれた多くの基本的なマルチレートの概念の多次元版を展開してる.これらは画像やビデオ信号の処理に応用できる.
第13章から第14章の第4部では多変数システムとパラユニタリシステムについて述べている.
本書で議論しているマルチレート(時変)システムの多くは,多入力多出力(MIMO)線形時不変(LTI)システムとして表現できる.これはフィルタバンクをポリフェーズ表現を用いて解析できることからも明らかである.したがって,フィルタバンクの理解には,MIMO LTIシステムのより深い理解が役に立つ.第13章はその目的をもっている.この章の結果が前の章に直接使える訳では必ずしもないが,第14章で議論するパラユニタリシステムのより深い性質を導くのに必要となる.
第14章はパラユニタリ行列と無損失伝達行列の取り扱いの章である.これらのシステムは完全再構成フィルタバンク(第6章と8章)やウェーブレット理論(第11章)に応用されている.前述のように,第14章の結果の一部が前の章で述べられたり使われたりしている.第13章および14章での詳しい議論では,著者は数学的,論理的厳密性に気を使っている.AからEまでの付録は行列,ランダム過程,サブバンド信号の量子化効果,スペクトル分解,メイソンの公式を扱っており,本書の各部で用いられている事項を補完するようになっている.
著者は,カリフォルニア大学サンタバーバラ校で博士課程の学生時代から低感度ディジタルフィルタの研究を行っており,無損失システムの低感度性を応用した設計法等を提案した.そしてオールパスフィルタの無損失性の重要性を認識し,その並列構造(実はこれはウェーブディジタルフィルタであるが,著者はそうは言っていない)に至ったものと思われる.オールパスフィルタの並列構造は,ローパスフィルタを作れば自動的にその相補特性のハイパス特性も得られる,2分割のフィルタバンクとなっている.一方,著者は,帯域の半分を通過域とするハーフバンドフィルタの設計等も行ってきており,これらからパラユニタリ性をもつフィルタバンクの一般理論へ,そしてさらにウェーブレットや多分割フィルタバンクへと進展していったのだろう.著者はマルチレート信号処理やフィルタバンクの理論だけでなく,ラティス構成等の内部構造の話題や,有限語長による誤差の問題等,幅広い研究を行っており,それらが本書の至る所に盛り込まれており,大変読みごたえのあるものとなっている. |
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